その日、ぼくは点滴を受けながら制作ノートを見直していた。 横に原稿のコピーを置いて、赤鉛筆でチェックを入れていく。 主人公の部分にほとんど赤が入る。 こうやってみると、転・結の部分が大きく変わりそうだった。 特にラストは最初に思っていた結末とは正反対になる。 点滴の液体を三分の一ほど残して見直しが終わった時、小さな苛立ちが残った。 色んな思い入れのある作品だった為かラストを変える事に不満もある。 設定をすべて変えてしまえばいいことなのだが、それをすると今回の見直しの意味がなくなってしまう。 動かない主人公を動かす事、それが一番の目的だった。 「それにしても誰からも駄目だしされるのは当たり前や・・錯覚しながら書いてたんやもんな。主人公が動かんはずや」 苛立ちと共に何度もため息がでる。 「主人公イコール自分やったという訳や・・・」 しかしこのまま小説にして主人公は上手く動いてくれるのだろうか? 見直しは甘くはなかっただろうか? また別の方向へと向かっていないだろうか? それが一番の不安だった。 昼食の後ぼくは中庭を歩いた。 何本か植えられたカエデが少しずつ色づき始めている。 ぼくは此処に来ると何時も座るベンチに腰を下ろした。 少し冷たい風が気持ちよかった。 伸びをしながら空を見上げる。 薄く細く箒で掃いたような雲が蒼空をはしっている。 「・・・編集部のAさんが『沈黙』を貸してくれた時、すぐに読んでいれば良かった。」 こういう空を見ていると後悔ばかりしてしまう。 そう思っても吸い込まれそうな空から目を離すことが出来なかった。 「かまへん・・・2ヶ月ぼくは時間を止めたんや。もっと自分を見つめる為に時間を止めていても、逆戻りさせてもかまへん・・・焦ったらあかん」 さんざん勘違いしてみっともない自分を曝して生きていた事、それはたまらなく恥ずかしい事に違いなかった。 この時間を無駄にはしたくなかった。 それでもこれから生きていく事が前より楽になったとはとても言えなかった。 ひょっとすればこれから先の方が蒙昧としているかも知れない。 「でも、もう誤魔化されへんなぁ」 小説を見直すだけで思う苛立ちなど小さな問題だった。 しかし・・・その時ぼくはあらためて思った。 一秒でも大切な時間をこのようなかたちで使わなければならなくなった事。 それが何故か不思議な事のように感じられる。 訳の分からない大きな力がぼくに働いているように思えて仕方なかった。 どれだけ空を見ていたのだろう。 肌寒さが強くなったようでぼくは立ち上がった。 綺麗に晴れていた空が少し翳っている。 薄い雲がほんの少し太陽にかかっていた。 茉莉の顔が久しぶりに浮かんだ。 「逢いたいなぁ」 心からそう思った。 |
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