書き終えた小説を前にして、複雑な気持ちだった。 100枚程の短編小説・・・しかし最初にこれを書いた時はかなりの時間がかかった。 それが今回、見直してからの第二稿とは言っても書き始めてから終わるまでの時間があまりに早過ぎた。 作品の出来栄えに遅いから良いとか早いから悪いとかはないが、最初苦労して書き上げた作品だけに何か納得出来ない思いが残った。 ・・・「これで良いんやろな」・・・ 書き上がった作品が不出来なように思えて仕方ない。 「何度も読み直したんや・・・駄目やったらもう一度やり直したらいい」 暫く原稿用紙を睨んでいたが、そう言い聞かせ何とか気持ちを切り替えた。 蟠りをほんの少し抱えながら・・・。 今日は午後から3日前に採血した結果が出る。 それさえ良ければ点滴は今日で終わる。 入院してから1ヶ月半が過ぎていた。 神経の不安定感も自分では落ち着いてきているように思う。 「もうすぐ退院や・・・」 ぼくの中に退院できる喜びと小さな不安があった。 不安?・・・ これからの事はある程度は覚悟が出来てるはずだった。 入院という管理された生活から開放される・・・それは喜びだけのはずなのに、身体の奥底に感じている怯えは何なのだろう。 ・・・まさか、そんな訳あらへん・・・ 突然滑り込んできた思いがぼくを落ち着かない気分にさせた。 ・・・退院し開放される事への不安・・・ ぼくは眼を閉じると、逃げようとする心にブレーキをかけた。 ・・・そうなのかも知れない・・・ ぼくは今まで体制を批判し、そこから管理される事を拒んできた。 だから高校を卒業した時はすごく嬉しかった。 これからは自由だと思った。 だが実際に卒業し、頭から押さえつけられるものがなくなったとたん感じた漠然とした不安。 その時は大学を落ちたという落胆の中での不安感だと思っていた。 しかしこの不安は、ぼくが強いとか弱いとかという問題も含めて、同じ位置にあるものではないのか。 ・・・「だとしたらぼくはここでも大きな勘違いをしてた事になる」・・・ ぼくは何も考えられなくなりそうな思いの中で、窓の外を眺めた。 細い雨が降っていた。 秋の雨は寂しさを伴ってぼくの心を締め付ける。 管理される事を強がって拒みながら、心の底では管理される事に安心感を覚えていたのに違いない。 ・・・「案外ぼくの神経症はそこら辺に原因があるのかも知れへん」・・・ それにしても・・・ ぼくは僅か数年で本来の性格を心の奥底に隠してしまった事に今さらながら驚いていた。 大した思いがあって隠した訳ではない。 ただ『見栄え良く格好をつけたかった』だけなのだ。 そしてつくられたもう一つの自分は何時かぼくも知らないうちに一人歩きを始めていた。 ・・・「一人歩き言うても、しょせん贋もんやものなぁ・・歪むんは当たり前や」・・・ ・・・「神経症か」・・・ こう考えると、ぼくの神経症はなるべくしてなったように思える。 しかしこのように自分を分析出来るようになっても、まだ『何か』あるような気がしてならなかった。 それにその『何か』が分かっても神経症は治るのだろうか? ぼくは大きく深呼吸すると、考える事を止めた。 これ以上一人で突き詰める事はいけないような気がする。 ・・・「とにかく明後日の面接まで待とう」・・・ ・・・「この神経症を克服してしまうには長い時間が必要かも知れへん」・・・そんな気がする。 不思議な事だがそれに対して今までのような絶望感はなかった。 へんな気負いもない。 今は自然に流れる時の中に自身を置いておきたい、そんな思いが強かった。 ぼくは灰色に塗りこめられた窓から枕もとの『沈黙』に目を移す。 ・・・「あるよ・・・この中に探してるものが・・・」・・・ ぼくには『沈黙』がそう語りかけているように思えた。 |
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