グラスの氷が音もなく溶けていった。 茉莉はアイスコーヒーをストローで何度もかきまわしている。 そして沈黙が耐えられないように静かな声で話しかけてきた。 「神経症って病気なのよ」 その事は自分でも認めていた。 だがまだ自分の奥のほうで納得してないところもあった。 それなのに都合が悪くなると神経のせいにしてしまう。 茉莉の言うとおり神経症に対してぼくは軽く見ているのかも知れなかった。 茉莉がバックから薄い雑誌のような本を出してぼくの前に置いた。 その本はある大学の医学部が出しているもので、『神経症を知る』という題がついていた。 「眼に入ったから買ったの。読んでみればいいわ」 「・・・・・・・・・」 ぼくはその本を見、茉莉を見た。 「私にとってT君は大切な人よ。私みたいな水商売をやってる女とも気楽に話してくれるし・・・それに私のまわりの男性はみんなかなりの年上。こんなふうに話せる人なんて他にはいないの・・・だから私もT君の事を大切にしたいし・・・」 「ご・御免」 泣きそうになりながらまだ言葉を続けようとする茉莉にぼくは素直に謝った。 茉莉が小さく頷いた。 ぼくはテーブルの上の本を手に取った。 あきらかにこの本は茉莉が自身の為に探して買った本に違いなかった。 「治療法は書いてないけど・・症例に対してのアドバイスは載ってる。今度のT君の例に近い事も」 「東京を離れるって事の?」 「うん」 ぼくはその本を開いた。 また沈黙が覆った。 しかし先程の重い空気はそこにはなく、かわって柔らかな時間がその場所を支配していた。 風が読みかけた本のページに悪戯をしかける。 その風の中にほんの少しだけ今までとは違う季節の匂いがした。 の |
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