少し柔らかくなった陽射しの中でぼくはぼんやりと茉莉を見ていた。少し前かがみにゆっくりと歩いてくる。ぼくが知らずに2,3歩足を出した時、茉莉の方がぼくに気づいた。それが癖なのか首を小さく傾けて真っ直ぐに顔を見る。悪戯っぽい表情が浮かんだ。
「此処で私を待ってた・・・って事はないよね」
「あ・・う、うん・・」
茉莉はゆっくり二人のいる場所を見回した。
「じゃ此処で何してるの?」
ぼーとして歩いてたら此処にいたなんてそんな馬鹿な事は言えない。ぼくは今まで電話を掛けてなかった言い訳を懸命に考えていた。
「此処にあるものって言ったら病院だけだもんね」
このすぐそばに有名な私立の大学病院があった。
「病気でもなさそうだし・・」
そう言って小さく悲鳴を上げ時計を見ると・・「私が病院に用事があるんだ」
茉莉は今までぼくと話をしていた事なんてなかったように急ぎ足で歩き始めた。
「ま・茉莉さん・・・」
ぼくは追いかけて名前を呼ぶ。 自然に茉莉を追いかけてる自分が不思議だった。
「御免、御免・・時間がなかったんだ。今夜は同伴入れてないし・・・」
「わ・渡したいものがあって・・・」
「私に?」
「う・うん・・・」
「3、40分程かかるよ・・それにすぐに行かないといけないし」
「ひ・聖橋で待ってるから・・」
「うん」
チラッとぼくを振り返ると、少し古びた病院の中に駆け足で入っていった。
ぼくは息を少し弾ませてJ大病院を見ていた。
そんなに大きな病院ではないが評価の高い病院だった。
「どこか悪いんだろうか?」
ぼくはもと来た道を帰りながら、茉莉と不自然なく話せた自分を嬉しく感じていた。

ぼくは聖橋で茉莉を待っていた。
もうすっかり陽は傾いていた。
サラリーマンや学生達が急ぎ足で通り過ぎてゆく。
もう何本の電車がこの下を走りすぎただろう。 そんなに時間はたっていないのに、もう何時間もたったように感じられる。
原稿用紙の入った封筒が少し汗で濡れていた。
「何て言われるだろう・・・」
主人公が動かないと言われた小説・・それでも良かった。
茉莉を主人公に書いたこの作品を本人からの言葉で感想が聞きたかった。 そして・・・そしてやり直しだ。
封筒を見ていたぼくの肩がたたかれた。
「御免ね、待った?」
「い・いや・・・」
「お茶でも飲みたいんだけど、お店に入らないといけないから・・」
「う・うん・・・こ・これ・・」
ぼくは茉莉に封筒を渡した。
「なに?」
「し・小説」
茉莉は怪訝そうにぼくを見て、封筒に目をやった。
「小説?」
「う・うん・・・と、兎に角よ・読んで」
「ふーん・・何だか分からないけど、読めばいいの?」
「う・うん・・」
「でも、難しいのは分からないからね」
茉莉が笑った。
「そ・それでも良いから」
「・・・ね、今度は電話くれるわね・・・それとも私からしようか?」
「あ、ぼ・ぼくとこに電話はな・ないから・・」
「分かった・・じゃあ一週間後・・・必ずよ」
「う、うん・・」
茉莉は微笑んで頷くと封筒を抱くようにして歩き出した。 どうして・・・
ぼくには何故茉莉がぼくに電話をしてくるように言うのか分からなかった。 ぼくはからかわれているんだろうか。
見送っているぼくにタクシー乗り場から茉莉が手を振った。あの時のように綺麗な髪が踊っていた。
その様子がふとカンナの花にだぶって見えた。



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