夜明け前の路地は酔客がウロウロしてることもあり、気をつけて走らないと危ない。
ぼくは走りながら、今から池袋に行こうかどうか迷っていた。
アパートに戻って授業まで寝てもよかったが、見ておきたい映画があった。
池袋の文○座は24時間やっている名画座で学生に人気があった。
つまらなければ寝ればいい。
実際にこの時間、映画を見てる客は何人いるだろう。
このバイトを初めて、何回か文○座に行っている。
文○座はぼくにとって一つの逃げ場所でもあった。
ぼくは明治通りに出る手前でバイクを止めるとポケットから情報誌をだした。3本立てなので今の時間からでは、見たい映画にぶつからない時がある。
「ぎりぎり見れるか・・・」
明ければ今日は2時間目から授業だ。
寝たいという気持ちと、映画を見たい気持ちが天秤棒の上で揺れていた。
エンジンをかける。
まだ迷っていた。
迷う理由は分かっていた。
見ようと思ってる映画はアラン・ドロンの「太陽は知っている」で、マルコヴィッチ殺人事件をそのまま映画化した大胆な作品だ。主演のアラン・ドロンも容疑者の一人だった。そのスキャンダラスさが大ヒットした原因だが、最近つまらないドロン作品を見過ぎていた。
それとやはり睡眠不足。
慣れてきたとはいえ、しんどい。
タンタンタン・・・・・・・
2サイクルの規則正しい排気音も子守唄に聞こえる。
「帰ろ」
ぼくは咥えていたタバコを捨てるとゆっくりクラッチをつないだ。
ググッと走り出したところで、ぼくは急ブレーキをかけた。
前は信号機のない出口で明治通りだ。
気も緩んでいたのだろう。
ぼくにはいきなり二つの影が出てきたように見えた。
身体をもって行きかけた時の急ブレーキで前輪は完全にコンクリートを噛んだ。軽くハイサイドをおこし、後輪が流れた。
スピードが出ていないのが救いだった。
何とかバイクを立て直した時、罵声がとんだ。
「ば・馬鹿野郎!殺すきかっ!」
背中に冷たい汗が流れた。
男の大声のせいではない。
単純な恐怖感だった。
大きく息を吸い、男を見る。
かなり酔っていた。
支えられていないと一人では立っていられない状態だった。
それでもぼくの方に来ようとする。
「お・お前・・・・・」
「ねぇ、もういいから行こうよ。何ともなかったんだから」
女に腕を引っ張られて倒れそうになる。
男はまだ何か訳の分からない言葉を呟いている。
「行かないのなら置いて行くからね!」
怒気を含んだ女の声でようやく男がぼくから視線をはずした。
そして女の肩に体重をのせる。
「あ・あの・・・す・すいませんでした」
「いいの。こっちも悪いんだから・・・ふふ、どうでもいいけどそのライト眩しいわね」
サイドスタンドでたててあるバイクのライトが女の顔を照らしていた。
慌ててぼくはライトを消す。
「あら?」
空が白みかけていた。
女は男の身体を支えながら真っ直ぐにぼくを見ていた。
ぼくの身体が硬直する。
湿った風の匂いがした。
結い上げた髪にあの時の風の悪戯がよみがえった。


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