夜の闇の中を表通りまでバイクを押す。
350CCのバイクはそれなりに重たかった。
表通りに出てバイクのエンジンをかける。深夜の一時半、まだ通りは明るい。
暖気してからゆっくり走り出す。
明治通りに出て、新宿方面に向かう。
梅雨前の夜の空気は少し湿り気をおびて肌に冷たく感じられる。
でも、この匂いには覚えがあった。
その匂いを大きく吸い込んで、アクセルを開けた。

高田馬場から新宿までこの時間だと十数分でつく。
二丁目の交差点前の路地に入り、何時も出ている屋台の後ろでバイクを止めた。
屋台のオヤジがぼくを見る。
厳つく怖い顔付だが、ぼくを見て片手を挙げたその表情は優しかった。
「もうそんな時間?」
「ええ。。」
ぼくはおでんの出汁が入ったズンドウを屋台の後ろまでもっていく。
「何時も悪いな・・・足さえなぁ・・・・」
オヤジの足は短く、少し曲がっている。
工場での事故らしかった。
「い・いえ・・・い・何時もバイクを置いててくれるし・・こ・こちらこそあ・ありがたいです」
このあたりでバイクを置いておくと、悪戯されるか持ち去られるかのどっちかだ。それを考えると、ちょっとした手伝いなど何てことはなかった。
ズンドウ鍋から出汁を入れる。
「へぇ・・・かなり慣れたな」
楽しそうにぼくが出汁をはったおでん鍋をみる。
「こ・こんなもんですね」
「うん・・・どう?あんなバイト止めてさ、ここ手伝わない?」
「駄目よ。。こき使われるから・・・」
オヤジは声の方を見もしないで
「またあぶれか」
声の主はこの屋台の常連で『レイコ』と呼ばれていた。
店は何処にあるのか知らなかったが、この近くにある風俗店の女の娘らしかった。
「ほっといてよ」
それ以上オヤジは何も言わず、レイコの前に冷酒をおいた。
それが引き金のようになって、常連客が集まり始めた。
ぼくは冷酒をグラスコップにつぐ。
その酒を配りながら
「にいちゃん、もういいよ。終わるまで見てるからさ。ありがと。」
ぼくはうなずくと、バイクのそばにいった。
バイクの陰でジーパンからツナギの作業服に着替える。
これからがぼくのバイトだった。
午前2時、まだ新宿は明るかった。


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