その匂いは逃げ込んでしまいそうなぼくの気持ちを引き戻してくれた。 「名前も知らんのに・・」 あの時、ぼくを見て何か言ったようだった。 「気のせいやな・・・でも、何が違うんやろ」 あの人の持ってる雰囲気。 まとってる空気。 ・・・ぼくは首をふり、思いを断ち切るようにバイトニュースに目を向けた。 晩春の少し湿った空気。 一つの思い。 届かない思い。 春の夜は寂しさを伴って、ぼくのそばにいた。 ようやく今日、時間割を提出することができた。 とにかくバイトの時間を優先したので、かなり偏った授業のとり方になった。 それに専門のシナリオが1年生の時から入ってるなんて思いもしなかった。 週に2回、ゼミ方式で授業が行われる。 といっても、それは課題を仕上げた者だけが対象になる。 プロット、ストーリーなどができてないと、授業にはならない。 怠けようと思えばいくらでも怠けられる。 「単位をとるのも、進級するのもあなた次第ですよ」って事らしい。 だけどぼくには都合がよかった。 上手く時間をつかえばバイトと勉強が両立できる。 「とにかく行動しないと・・」 ぼくは教務課から裏の駐車場に向かった。 四輪置き場から少し離れたところに2輪置き場がある。 さすがと言おうか750CCのバイクがほとんどだ。 その中の350CCのバイクにまたがる。 迷いに迷ってこのバイクを手に入れた。 ほんとならバイクなど買わず、おいておきたいお金だった。 しかし電車・バスに乗れなくなっている今、そうも言ってられなかった。 ○○出版社からの賞金と原稿料。 半分は授業料に消えた。 ・・・そしてこのバイク。 「これからの為や」 ぼくは思いっきりキックをおろした。 下手に下ろすと足首が壊れる。 350CC単気筒のエンジンに火が入った。 『ドンドンドン・・・』 単気筒独特の下から突き上げるような振動。 暖気させながら 「頼むよ・・」 黒いタンクに向かってつぶやく。 |
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