JR飯田橋から御茶ノ水に向かって、緩やかな坂道を歩いていた。 今日は風が強い。そのせいか少し肌寒かった。 明日から4月・・もうすぐ大学が始まる。 その前にアルバイトを決めたかったが、最初から厳しい現実に直面していた。 ○○出版社の接客ブースはかなり混んでいた。 第三編集部のAさんは、初対面のぼくと気さくに話してくれていた。 「ん?風邪でもひいてる?」 「い・いえ・・」 「顔が赤いからさ」 ぼくは思わず顔を押さえた。 上京する前あたりから、人と話す時に顔が赤くなる。 同時に言葉もすぐに出てこない。 胸苦しさや灼熱感よりましだと思っていたが、こうやって人と向き合っていると、痛みの伴わない辛さがこれほどだとは・・ 「だといいけど・・今年は暖かくなってから風邪が流行りだしたからね。」 「ええ。。あ・あの・・こ・この前お電話した時に、す・少し話したこ・ことなんですが・・」 ようやくそこまで話したとき、Aさんの顔が厳しくなった。 自然にぼくも背筋を伸ばしていた。 「うん・・何かちょこちょこ書けることって言ってたけど・・ちょこちょこってどういう事?」 言葉の柔らかさとは反対に、ぼくを真っ直ぐに見て話すAさんの表情はかたい。 ぼくとAさんに流れる空気は先ほどとはまるで違ったものになっている。 ぼくは言葉を探していた。 何か言わないと・・そう思えば思うほど言葉が浮かばない。 その時Aさんが、静かだが少し厳しい口調で話してきた。 「ねえ・・ひょっとしてだよ・・ひょっとして何か勘違いしてるかも知れないから言うんだけど、ちょこちょこ書く仕事なんかはないからね。」 ぼくは思わず拳を握っていた。 ぼくの思ってる事、言いたかった事、すべて見通したかのようなAさんの言葉はショックというより、恥ずかしさの方が大きかった。 此処にくれば『○○○の友』ではないにしろ、マイナーな雑誌でもいい、きっと何か書ける仕事がもらえる・・そんな確信にも似た考えを真っ向から否定された。 ぼくが用意した言葉は肩透かしを食らったように、意味なく消えてしまった。 何故ぼくはそう思い込んでいたのだろう。 東京の大学に入って、家からの援助がなくてもやっていける。 それは此処の出版社で仕事がもらえる、そう強く思っていたから・・・それがなくなればどうやって暮らしていけばいいのだろう。 つきつけられた現実は、甘い考えを根底から覆すには十分過ぎる程の大きな壁となってぼくの前に立ちふさがっていた。 |
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