茉莉は伸びをするように立ち上がると大きく深呼吸をした。 「帰ろうか・・いい時間だし」 「あ、ああ・・・」 涙ぐんだ先ほどの事などもう忘れたように、茉莉は明るく言った。 まだ拘っているのはぼくのほうだった。 茉莉は脱いだ上着を腕に持つと荷物を肩に掛けた。 「上着は?」 「・・・止めた。」 「え?」 「着るのは止めた」 「止めるて・・・」 「もう、着れないよ。・・・こんな言い方T君には悪いかもしれないけど、私にとって今回の事はいいきっかけになったみたい」 「ほんまにええの?」 「うん」 そう答えた茉莉の口調に無理は感じられなかった。 二人で公園を出る。 並んで歩きながらぼくの眼はチラチラと茉莉の傷跡を見ていた。 「あの日・・・」 「何時?」 「初めてT君を見た時・・・あの日に宣告されたんだ。まだ今の医学ではこの火傷跡は治せないって。」 「・・・あの日に」 「そう・・でも、ほんとあの時はT君に助けられたよ」 そういって茉莉はぼくを見た。 確かにあの時は偶然にせよ茉莉の気分転換になり、事態を乗り切れたかも知れない。 でも、それからは迷惑ばかりかけている。 ・・・たかが偶然にやないか・・・ ぼくはなさけない気分でいっぱいだった。 「来週は一緒に来れないんだ・・・お店、浴衣祭りでね。そん時はいつも休んで旅行に行ってるから。一人でも大丈夫でしょ」 「うん」 ゆっくりとなだらかな坂道を登る。 ぼくはバイクの止めてあるところで立ち止った。 茉莉はバイクのタンクをゆっくりとなぜた。 「T君、どもってないよ」 ぼくは茉莉に言われるまで気づいていなかった。 「前から言おうと思ってたんだけど、T君が思ってるほど人は気にしてないよ」 「・・・そうやろか?」 「きっとね。私の火傷跡も・・・かな」 茉莉はぽんとタンクをたたく。 「今度乗せてよ」 そう言うと茉莉は手をふり聖橋の方に歩いて行った。 茉莉の姿が小さくなる。 茉莉は何時ものように一度も振り返らず人波の中に消えていった。 ・・・弱いて?・・・ ぼくは聖橋を見つめながらしばらく立ち尽くしていた。 そしてぼくはバイクをまたぐ。 しかしぼくはなかなかキックを踏めないでいた。 ぼくの中でどうしてもぬぐいきれないものがエンジンを掛けさせないでいる。 茉莉は傷跡を見せてからの立ち直りがすごく早かった。 それが茉莉と言ってしまえばそれまでだが、それなら何故10数年もの間隠し続けてきたのだ。 そんなに早く割り切れるはずがない。 茉莉の火傷跡が浮かんでくる。 茉莉の涙が心に沁みこんでくる。 ・・・すごく弱いよ・・・ そう言ってぼくを見た茉莉はたまらなく小さく見えた。 ・・・それやのに・・・ ぼくに対するいたわり。 それしか考えられなかった。 推測でしかないが、しまったと思ったのかも知れなかった。 興奮状態にいたぼくの感情が茉莉を巻き込んでしまったに違いない。 ぼくは力なく下を向いた。 タンクに刻み込まれた白い三連音叉のマークが滲んで見えた。 ・・・なんで・・なんであの時・・・ ぼくは悔しくてたまらなかった。 自分の安っぽいプライドから茉莉を抱きしめられなかった事がとても薄っぺらに思えた。 これ以上茉莉をぼくの為に傷つけてはいけない。 ぼくはもう一度茉莉の去っていった方向を見つめた。 夏の陽がゆっくりとかたむいている。 それでもコンクリートから立ち昇ってくる熱気はまだ十分に暑さを含んでいる。 ぼくは今、夏の真ん中にいた。 |
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