茉莉の手に握られてる薬の箱。
ぼくのほうに差し出されたその腕が少し震えていた。
喫茶店から走り出て何錠か飲んだ時落ちたんだろう。
ぼくはぼんやりした頭の中でそれでも言い訳を考えていた。
「これって○○○よね・・ラリるつもりで飲んでるの?」
ぼくは茉莉の顔を見た。
茉莉の顔が怒っていた。
それにしても思ってもみなかった茉莉の言葉だった。
ぼくは弱く首を振る。
話には聞いたことがあった。
でも、ぼくは神経を安定させるため以外に、この薬を飲んだ事は一度もなかった。
「じゃ何故?」
あくまでも茉莉の言葉は詰問口調だった。
何を言えば良い? どう云えば誤魔化せる?
「まさかこの箱に書いてある為じゃないでしょ?ね、どうなの?」
混乱しているぼくの中で小さな声がはじけた。
『もういいよ・・もう駄目だよ。しんどいよ・・・』
ぼくは茉莉の顔から視線をはずすと、子供のように顔を膝に埋めた。
「T君・・・」
茉莉の声に応える気力もなかった。
茉莉がぼくの肩を何度かゆする。
骨のない身体のように揺れる。 眠くてたまらなかった。
身体に大きな重力がのしかかり、座っているコンクリートの床に押し潰されそうだ。
傍で聞こえていた茉莉の声が遠ざかっていく。
『もういいから・・・』
そう小さな声が支配した時、ぼくの身体はゆっくりと前のめりに崩れていった。
微かに甘い匂いがした。

ぼくは川を泳いでいた。
緩やかな流れの中をゆっくりと泳いでいる。
『田舎の川だ』・・もう少し泳ぐと橋げたにつく。 ぼくは左右をみた。
何時も一緒に泳いでいる従兄弟達がいない。
それに空もまるで夕暮れのように暗くなっている。
ぼくは急に怖くなった。 
小さく抵抗しながら身体をすり抜けていく川の水が、まとわり付くように感じられ
ぼくは懸命に手足を動かして橋げたに急いだ。
息が切れる。
『もうすぐ・・・もうすぐ』
顔を上げる。
誰かが手を差し伸べてくれている。
『茉莉だ・・・でもどうして・・・怒ってたんじゃ・・』
それでもぼくは懸命に手をのばした。
ぼくの手に茉莉の手が重なる。
橋げたを支えるコンクリートにようやく片手をつくと茉莉を見た。
しかし手を握りしめ、ぼくを見ていたのは心配そうな母の顔だった。


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